■ 高光 哲也 先生
昭和55年に勤めはじめましたので、そろそろ満20年を迎えようとしています。こうして改めて考えてみますと、はるばると長い道のりであったなあ、などとも思うのですが、反面、アッという間の出来事であったなあとも思うのでして、いやまったく、つくづくと中年のオジサンになったのでした。
20代のころはいかにも頼りないアンチャンだったのですが、その20代の終わりに就職クラスを2年間続けて持ちました。18才の彼らは自らの意思で社会に出る決心をし、様々の仕事を選びました。その動機づけには多少の温度差がありましたが、総じて彼らはバイタリティーに富んでいたなと思います。
その後、星稜からは就職クラスというものは無くなり、今ではほとんどの生徒が進学します。ですが頼りないアンチャンにとって、あの頃が最初の三年のクラスだったせいか、なんとなく原点のような気がします。
「いいかあ、おまえら、今でも高校生の半分は世の中に出て働いとるんやからなあ」とオジサンはほざくのでした。(稜線5号より)