■ 柴田 右人 先生
月日の経つのは早いもので、戦時中は学生として、東京ですべての空襲を経験し、終戦直前に商事会社(調査部)に就職。GHQの指令に依り財閥解体、一年半後に退職。敗戦のドサクサ、栄養失調、健康回復のため帰郷。
それからが一苦労、とは言いながら半世紀以上の間に英語の道一筋に、様々な職に就き、色々人生経験を経て、「生きる」意味を考えさせられた貴重な時期でした。
「生きがい」とは本当に「打ち込めるもの」を見い出すこと。別の言い方をすれば、職業と「自分の目標」が一致すれば最高だと思惟するようになりました。
大学では、経済学を専攻し、それ以上に「好きでたまらなかった」英語の世界から離れられず、英語を手段として、様々な職に就きながら実用英語の研鑽に励み、人生の後半に、稲置学園 星稜高校(6年)、短大(2年)、経済大学(12年)に職を得て、英語の教師として54歳から74歳まで、20年の長きに亘り英語の指導、研究、調査に心ゆくまで没頭してきました。
趣味と生活が全く一致するような第二の人生を享受させて貰った私は只今、79歳。自らのペースを守りながら自分のライフ・ワークとも言うべき「異文化問題」、特にアメリカ文化を中心に、広い視点から様々な外国人との草の根の交流を深め合い、直接の語り合いを通じて自らのテーマへのアプローチに取り組んでおります。
インターネットのE-mailも大活躍です。幸い好きな道ですから英語を話す、書くことには全然、問題はありません。外人に会えば会うほど元気がでます。もしも皆様方のお知り合いで、日本の事情、または自国の事に就いて語り合いたい外人の知り合いをお持ちの方は是非ご紹介下さい。国籍は問いません。英語さえ話せれば十分にコミュニケーションはとれます。情報をお待ち致しております。
(稜線4号より)